8歴史論 中心の主管の法則

(四) 中心の主管の法則

主体と対象の授受作用において、主体が中心となり、対象は主体の主管を受けるようになる。その結果、対象は主体を中心として円環運動を行うようになる。自然界においては、地球が太陽を中心として回り、電子が核を中心として回るというように、物理的な円環運動が行われる。ところが人間社会における主体と対象の関係は、主体の心と対象の心の関係であるから、対象の心が主体の命令、指示、依頼などによく従うという意味での円環運動が行われるのである。

復帰歴史において、神は中心人物を立てて、彼を通じて神の摂理にかなう方向、すなわち善なる方向へ社会を導かれるのであるが、その場合、社会環境を先に造成しておいて、そののちに、中心人物をして、環境を神の摂理にかなう方向に収拾せしめられる。したがって中心人物には、常に環境を収拾(主管)すべき責任分担が与えられるのである。そのように神の摂理において、中心人物が社会環境を主管することを中心の主管の法則という。それは選民のみならず、あらゆる民族や国家の歴史においても適用される法則であった。

神は人類歴史の中心史として、旧約時代にはイスラエル民族史を、イエス以後のキリスト教を中心とした新約時代には西洋史を摂理してこられた。旧約時代のノア、アブラハム、ヤコブ、モーセ、列王、預言者たち、そして新約時代のアウグスティヌス、法王、ルター、カルヴァンなどのキリスト教の指導者や、フランク王国のカール大帝、英国のヘンリー八世、アメリカ合衆国のワシントン、リンカーンなどの政治的指導者たちも、各時代に立てられた中心人物たちであった。

一方、神の摂理を妨害するサタンも、自己を中心とした支配圏を確立しようとして、サタン側の中心人物を立てて、彼を通じて神の摂理を妨害しながら、社会環境を主管しようとしてきた。汎ゲルマン主義を唱えて世界を制覇しようとしたヴィルヘルム二世(カイゼル)やヒトラー、共産主義思想を確立したマルクス、共産主義革命を指導したレーニン、スターリン、毛沢東などが、そのような人物たちであった。彼らの思想や指導力なくして全体主義の台頭や共産主義革命は決して起こりえなかった。

トインビーは「文明の成長は創造的個人もしくは創造的少数者によってなしとげられる事業である」と述べた。そして多数者である大衆は創造的個人または創造的少数者に指導を受けて、彼らに従っていくという。トインビーのこの主張は、歴史に中心の主管の法則が通用されてきたことを語っている。

唯物史観は唯物論の立場から、指導者よりも環境(社会環境)をより重視して、社会環境の基盤である人民大衆が社会発展において決定的役割を果たすのであり、指導者は一定の社会的条件の制約を受けながら活動するだけであると主張する。これは、精神は物質から発生するので精神は物質の制約を受けるように、指導者の精神は物質的環境である社会環境の制約を受けるという唯物論を根拠とした主張である。そのように共産主義は、社会環境(人民大衆)を物質的概念として、中心人物(指導者)を精神的概念として扱っているのである。しかしこれは正しい見解ではない。指導者が主体、人民大衆は対象であって、指導者はその宗教的あるいは政治的な理念をもって、大衆や社会を一定の方向へと導いているのである。