2存在論 連体 連体とは何か

二 連 体

(一) 連体とは何か

構造から見た連体

すでに述べたように、個性真理体とは、その内部に主体と対象の相対的要素があって、両者が目的を中心として授受作用をして、合性一体化したものである。ところでこの個性真理体は、さらに外的に他の個性真理体と主体と対象の関係を結んで授受作用を行う。そのとき、この個体(個性真理体)を特に連体という。言い換えれば、内的四位基台を成している一個体が、他の個体と関係を結んで外的四位基台を形成した時の個体、すなわち「原相の二段構造」に似た個性真理体を連体というのである。

目的から見た連体

目的という立場から見た場合、すべての個体は必ず個体目的と全体目的という二重目的をもっている。そのような個体を連体という。個体目的とは、個体として生存を維持し、発展しようとする目的をいい、全体目的とは、全体の生存と発展に寄与しようとする目的をいう。

次に、被造世界における、素粒子から宇宙に至る個体の系列を見てみよう。素粒子は素粒子としての存在を維持しながら、原子(全体)を形成するために存在している。原子は原子としての存在を維持しながら、分子(全体)を形成するために存在している。分子は分子としての存在を維持しながら、細胞(全体)を形成するために存在している。細胞は細胞としての存在を維持しながら、生物の組織や器官(全体)を形成するために存在している。原子や分子は鉱物(全体)を形成し、さらに地球(全体)を形成するためにも存在している。地球は地球自体を維持しながら、太陽系(全体)を形成するために存在している。また太陽系は太陽系自体を維持しながら、銀河系(全体)のために存在している。銀河系は銀河系自体を維持しながら、宇宙(全体)のために存在している。さらに宇宙は宇宙として存在しながら、人間(全体)のために存在しているのである。

人間は外形では極めて小さな存在であるが、その価値は全宇宙を総合したものより大きい。宇宙が人間のために存在するのはそのためである。そのように、被造物はみな全体目的と個体目的をもっている。そして被造万物の全体目的において最高の全体目的は、人間のために存在することにある。例えば地球は太陽系を形成するという目的をもっているが、同時に人間の住み家になるという目的をもっている。また微視世界の電子は、原子を形成するために原子核の周りを回っているが、それは同時に人間のためにも(人間の主管の対象である万物をつくるために)回っているのである。そのように素粒子から宇宙に至るまで、各級の被造物は、より上位の被造物を構成するために存在しながら、同時に人間のために存在しているのであるが、前者を形状的な全体目的、後者を性相的な全体目的という。

さらに人間の全体目的は神のために生きるということである。そのように素粒子から宇宙、人間に至るまで、すべての被造物は二重目的をもった連体として存在しているのである。そのような関係を表したものが図2—2である。

関係の方向性から見た連体

原相に内的四位基台と外的四位基台の二段構造があるように、被造世界においても、すべての個体は二段構造を成して、授受作用を行って存在している。すなわち個性真理体として内的四位基台を維持しながら、同時に他の個性真理体と外的四位基台を成しており、その基台の上で、共通目的を中心として授受作用を行っている。それが存在の二段構造である。

外的四位基台の形成において、人間は上下、前後、左右の六方向に授受作用を行う。私を中心として見るとき、上の方には父母や上司や年長者がおり、下の方には子女や部下や年少者がいる。前には、先生や先輩や指導者がおり、後ろには弟子や後輩や自分に従う者がいる。右の方には兄弟や親友、同僚などがおり、左の方には自分と意見の合わない人、反対する人、性格が一致しない人がいる。このように人間は六方向において他人と関係を結んで存在する。これは人間のみならず万物においても同じである。このように六方向に関係を結んでいる個体もまた連体である。特に人間がそうなのであって、それを図で表すと図2—3のようになる。

人間はまた自然環境とも関係を結んでいる。例えば非常に遠い星からも、人間は何らかの影響を受けている。宇宙線が人間の生理作用に影響を及ぼしているのは、よく知られている事実である。人間が鉱物、植物、動物と密接な関係をもっているのは言うまでもない。そういう意味においても人間は連体である。

格位から見た連体

これに関しては「存在格位」のところで説明する。

唯物弁証法と相互関連性

連体と関連して、共産主義の唯物弁証法の主要概念の一つである「相互関連性」を批判することにする。スターリンは「形而上学とは反対に、弁証法は、自然を、たがいに切り離され、たがいに孤立し、たがいに依存しない諸対象、諸現象の偶然的な集積とみなさないで、関連のある、一つの全体とみなすものであって、この全体では諸対象、諸現象は、たがいに有機的に結びつき、たがいに依存しあい、たがいに制約しあっていると見る(7)」と、事物の相互関連性を強調し、事物を個別的にのみ見る立場を形而上学といって批判した。

統一思想から見た場合、すべての存在は神の二性性相に似せて造られたので、個性真理体として存在するのみならず、連体として、他の個性真理体と直接的、間接的につながっている。唯物弁証法は、そのことを、ただ相互関連性という言葉で表現しているだけである。

しかも唯物弁証法は、事物の相互関連性を認めるだけであって、なぜこのような関連性をもっているかということは、全く説明していないし、また説明することはできない。しかるに長い間、共産主義者たちは、この相互関連性の理論をもって、世界の労働者たちは革命のために団結しなくてはならないと主張してきたのである。これは論理の飛躍と言わざるをえない。

それに対して統一思想は、連体の概念でもって、すべての事物は目的を中心として、直接的間接的に、上下、前後、左右に必ず他者と相互関連をもっていると説明する。したがって相互関連性は必然的なものである。ゆえに全宇宙は、相互関係性をもった無数に多くの個体からなる巨大な有機体なのである。