1原相論 構造 正分合作用

(四) 正分合作用

正分合作用とは何か?

すでに述べたように授受作用は四位基台を土台として行われる。すなわち授受作用がなされるには、必ず中心と主体と対象および結果の四つの位置が立てられなければならない。言い換えれば、授受作用の現象を空間的側面から把握した概念が四位基台である。ところですべての現象は空間性と時間性をもっている。したがって授受作用の現象も時間的側面から把握することができるのであり、時間的に把握した概念が正分合作用である。つまり、授受作用を四位基台が定立される時間的順序に従って扱った概念が正分合作用なのである。まず中心が定められ、次に主体と対象が定められ、最後に結果が定められるというように授受作用を三段階過程から把握した概念が正分合作用である。これを図で表せば図1—12のようになる。

『原理講論』に「四位基台は正分合作用によって、神、夫婦、子女の三段階をもって完成されるのであるから、三段階原則の根本となる」(五五頁)とあるのも、四位基台は授受作用の空間的把握であり、正分合作用は時間的把握であることを示している(34)。したがって正分合作用の内容は、授受作用の場合と全く同じである。すなわち心情を土台とした目的を中心として、主体と対象が円満で調和的な相互作用を行うことによって合性体または新生体を成すという内容は、授受作用の場合と完全に一致しているのである。したがって正分合作用の種類も授受作用の種類と対応しているのであって、内的自同的正分合作用、外的自同的正分合作用、内的発展的正分合作用、外的発展的正分合作用という四種類の正分合作用があるのである。

正分合と正反合

時間性を帯びた正分合作用の概念は、特に共産主義の唯物弁証法との比較において意義がある。共産主義の哲学は唯物弁証法に基づいているが、それは自然の発展に関する理論であって、矛盾の法則、量から質への転化の法則、否定の否定の法則の三つの法則から成っている。これらはヘーゲルの観念弁証法から弁証法を受け継いで、それを唯物論と結びつけたものとして知られている。ヘーゲルはさらに弁証法が進行する形式も提示している。それが正—反—合、または定立—反定立—総合、または肯定—否定—否定の否定の三段階形式である。

マルクス主義はこのヘーゲルの弁証法の形式を批判的に継承して、自然と歴史の発展を説明するのに用いた。すなわち事物の発展において、事物(肯定または正)は必ずその内部に自体を否定する要素(反)をもつようになり、両者が対立するようになるが(この状態を矛盾という)、その対立(矛盾)は再び否定されて(否定の否定)、いっそう高い段階に止揚される(合)と説明している。これが正—反—合、または肯定—否定—否定の否定、あるいは定立—反定立—総合の三段階の弁証法的な進行形式である。ここで止揚とは、事物が否定され、さらに否定されるとき、その事物の中の肯定的要素は保存されて新しい段階へと高められることをいう。

鶏卵からひよこが孵化する過程を考えてみよう。鶏卵がひよこになるには、正としての鶏卵は、その内部にそれ自体を否定する要素(反)である胚子を持つようになり、その胚子が大きくなるにつれて両者の対立(矛盾)も大きくなる。そしてついにこの矛盾が止揚されて、鶏卵は否定される。そのとき、肯定的要素である黄身、白身は養分として胚子に吸収されて(保存、止揚されて)、ひよことして孵化される(合)。

マルクス主義はこの正—反—合の形式を社会発展の説明にも適用する。例えば資本主義から社会主義へと発展する過程の説明に正—反—合の形式を適用して、次のように主張する。すなわち、資本主義社会(正)は必ず内部にそれ自体を否定する要素であるプロレタリア階級(反)をもつようになる。プロレタリア階級の成長に従って階級対立(矛盾)は激化し、ついに資本主義体制は破れる。そのとき資本主義の肯定的成果(経済成長、技術発展など)はそのまま保存されながら、よりいっそう高い段階である社会主義(合)へ移行するというのである。

正反合理論の批判

それでは正反合の形式を批判し、それが正しいか誤りかを明らかにしよう。その正誤の基準は自然や社会の発展の事実がこの正反合の形式と一致するか否かにある。マルクス主義は長い間、唯物弁証法を科学であると主張してきた。ゆえに弁証法の進行形式も客観的な事実と一致する科学的な形式であると見なければならない。そしてまた、マルクス主義哲学は現実問題(資本主義の構造的矛盾と病弊)を解決するために現れたと主張する哲学でもあるのである。

ところが唯物弁証法も、弁証法の進行形式の理論も、共に客観的事実と一致しないことが明らかにされた。そして現実問題の解決にも失敗してしまった。これは唯物弁証法も、弁証法の進行形式の理論も、共に間違いであったことを証明するものである。次に、そのことをより具体的に説明することにする。

まず鶏卵の孵化の事実を分析しながら、この正反合の形式を批判することにする。第一に、鶏卵内の胚は鶏卵の発展のために、のちに否定的要素として発生したものではなくて、殻や白身や黄身と同じく、初めから鶏卵の一部であったのである。したがって胚は自身もその一部である鶏卵を否定することはできない。もし胚が鶏卵を否定しようとすれば、初めから鶏卵の中にあるのではなくて、途中で鶏卵の中に対立として生じたものでなくてはならない。そうであってこそ正反合の本来の意味に合うのである。ところが実際は、胚は初めから鶏卵の一部としてあったのである。

第二に、黄身と白身が胚の養分として保存されていることは明らかに肯定であるにもかかわらず、否定として扱うのは筋道の通らない無理な主張である。第三に、孵化の瞬間に殻が破れて、すなわち否定されて、胚が新しい段階のひよこになるのではないということである。事実は、すでに完成したひよこ(新しい段階のひよこ)が、くちばしでつついて殻を破って出てくるのである。以上のことにより、鶏卵の孵化の事実は弁証法的発展の正反合形式に合わないことが分かる。

次は社会発展に適用した正反合の発展理論を批判する。資本主義社会(正)がその内部のプロレタリア階級(反)と対立することによって、よりいっそう高い段階である社会主義社会(合)へ移行するということ、そのとき資本主義社会の成果がそのまま保存されるということも、実際の歴史的事実と合わなかった。第一に、英国や米国、フランス、日本などの資本主義の発達した国家がまず社会主義社会に移行しなければならなかった。しかし、そうならなかっただけでなく、この公式が適用されない後進国において社会主義が立てられたのである。第二に、後進国に社会主義が立てられるとき、革命に先立って、わずかながら芽生えていた資本主義の成果が保存されるどころか、むしろ損傷を受けて、経済は後退する結果になってしまったのである。レーニンが革命後、新経済政策を行わざるをえなかった理由もそこにあったのであり、小平が文化大革命後、中国経済の破綻を自認した理由もここにあったのである。

このように見るとき、弁証法的進行の正反合形式を社会発展に適用した理論も、実際の歴史的事実と合わなかったことが分かる。特に最近に至り、東ヨーロッパの社会主義国はもちろん、資本主義国家より、いっそう発展しているはずであった社会主義の宗主国であるソ連までも、経済的破綻をきたし、その結果ついに崩壊してしまったのである。この事実は、唯物弁証法の正反合の発展形式がいかに虚偽的なものであるか、よく示しているのである。このように、自然現象とも合わず、歴史的事実とも合わない唯物弁証法の正反合の発展形式理論は、現実問題の解決に完全に失敗してしまったのである。

正反合理論と現実問題の解決の失敗

それでは、正反合の理論はなぜ現実問題の解決に失敗したのであろうか。その原因を分析することにする。

失敗の第一の原因は、この正反合の形式において目的が立てられなかったためである。目的のない発展は、定められた方向がないために、あてどもないものとならざるをえない。鶏卵の場合、ひよこという目標(目的)が定められており、適当な温度と湿度が与えられれば、その目標の方向に発展運動が行われて、ついにその目標に到達するのである。目標(目的)がないところには発展はありえないのである。社会発展においても目的がなく、正と反の対立のみであれば、そこにたとえ発展運動が起きたとしても、あてどもないものとならざるをえない。すなわち資本主義社会において、資本家の目的は利潤を極大化することであり、労働者の目的は賃金の引き上げと待遇の改善を実現することであって、ごく少数の一部の職業革命家だけが社会主義を目標としているのである。したがって社会全体の発展という面から見るとき、両階級の対立は共通目的のない対立となり、三段階形式による新しい段階への到達は初めから期待しがたかったのである。

失敗の第二の原因は、正と反の関係を対立、矛盾、闘争の関係と見ることによって、協助や和合を阻害する結果を招いたからである。社会の発展は、社会の構成員である人間と人間の円満な協助関係においてなされるのである。ところが哲学的に発展の法則(弁証法)と形式(正反合)を対立、矛盾、闘争の関係によるものと規定してしまった。したがってすべての人間関係は矛盾、敵対の関係であるというのが常識のようになってしまい、和合や協助はむしろ非正常的、異例なもののように感じられるまでになったのである。このような社会環境において、いかにして発展がなされるであろうか。万一、その社会の中に、協助によって発展がなされるという思想をもった人がいたとすれば、彼は思想的異質感のために疎外されるか、またはその社会に抵抗するようになるであろう。

発展は調和的な協助関係によってなされるということは、そのまま自然の発展にも適用される命題である。例えば先に述べた鶏卵の孵化の場合、胚、黄身、白身、殻が、ひよこを生むという共通目的のもとで、互いに協助し合いながら相互作用を行うことによって、初めてひよこが生まれるのである。

そのように自然界の発展や社会の発展は、必ず共通の目的または目標を中心として、いろいろな要素または個体の間に円満な協助と協力の関係が成立することによってなされるのである。ところがマルクス主義の正反合の理論では、目的も協助関係も認めなかったために、その理論は偽りとなり、現実問題の解決にも失敗してしまったのである。

ここで正反合の代案が正分合作用であることが理解されるであろう。正分合作用の理論は授受作用の理論であり、四位基台の理論である。この正分合作用の三段階過程においてのみ、目的を中心とした円満な相互協助関係が成立し、その結果として、合である新生体が現れるのであって、それがまさに発展なのである。

ところで、ここで指摘しておきたいのは、正反合の三段階と正分合の三段階は決して対応するものではないということである。三段階という点で同じであるだけで、両者の正の概念も異なり、反と分の概念も異なり、両者の合の概念も異なっているのである。正反合の正は事物を意味するが、正分合の正は目的や心情を意味している。また正反合の反は正である事物に対立する否定的要素を意味するが、正分合の分は分立物または相対物という意味の、相対的関係にある主体と対象をいう。そして正反合の合は対立物が対立を止揚して一つに総合されることを意味するが、正分合の合は主体と対象の授受作用によって、それまでになかった新しい個体(新生体)が現れることを意味するのである。

こうして授受作用(発展的授受作用)を時間的に把握した概念である正分合の理論が、発展に関する現実問題の解決に失敗したマルクス主義の正反合の理論に対する唯一の代案であることが分かる。以上で原相の主要な内容に関する説明を終える。次は、原相構造に関連した事項である原相構造の統一性と創造理想について説明する。