10論理学 マルクス主義論理学

(三) マルクス主義論理学

ヘーゲルによれば、概念が物質の衣を着て現れたのが自然であるから、観念(概念)は客観的存在である。ところがマルクスは逆に、物質こそ客観的な存在であって、観念(概念)は物質世界が人間の意識に反映したものにすぎないと主張した。しかしマルクスは、ヘーゲルの正反合の弁証法をそのまま受け入れて、それを物質の発展形式とした。したがってヘーゲルの観念弁証法に対して、マルクスの場合は唯物弁証法というのである。

この唯物弁証法に基づいてマルクス主義の論理学が立てられた。ところで唯物弁証法も弁証法、すなわち正反合の三段階過程を内容としている点においては観念弁証法と同一であるために、マルクス主義論理学もやはり弁証法的論理学である。その特徴は本来、形式論理学、特に同一律・矛盾律に反対するということである(7)。すなわち、事物が発展するためには「AはAであると同時にAは非Aである」でなくてはならず、思考の法則はその反映であると考えたからである。そして唯物史観の立場から、思考の形式と法則を扱う形式論理学は上部構造に属し、階級性をもつ論理学であるとして、これを拒否し、唯物弁証法による弁証法的論理学を立てたのである(8)。

ところが形式論理学を拒否することによって、必然的に次のような困難にぶつかるようになった。すなわち、形式論理学におけるような前後に矛盾のない、終始一貫した正確な思考をすることができなくなってしまうという困難に陥らざるをえなかった。

言語学も同様な困難に陥っていた。言語も上部構造に属し、階級性をもつという主張とともに、共産主義体制下において、それまで常用していたロシア語に代わる新しいソビエト言語を使用する必要性が論じられるようになった(9)。

そこで一九五〇年にスターリンが「マルクス主義と言語学の諸問題」という論文を発表し、「言語は上部構造ではなく、階級的なものでもない」と言明した。言語学におけるこの問題は論理学における問題でもあったため、この論文を契機として、一九五〇年から五一年にかけて、ソ連で形式論理学の評価をめぐって大々的な討論が行われた。その討論によって、形式論理学の思考の形式と法則は上部構造ではなく、階級性をもたないという結論が下された。そして形式論理学と弁証法的論理学との関係に対しては、「形式論理学は、思惟の初等的法則と形式にかんする学であるが、弁証法的論理学は、客観的実在とその反映たる思惟との発展法則にかんする高等論理学である(10)」と規定されたのであった。

ところで、唯物弁証法に基づいた論理学すなわち弁証法論理学は、上述のように形式論理学の同一律、矛盾律などを批判しただけで、論理学として体系化された内容は誰によっても提示されていないのである(11)。